第40駅「誰があいつで あいつが誰で」

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 クリスマス編の第二弾。色々と仕掛けを盛り込んで盛り上げてきました。

 中編ということもあってか、基本的に所謂「鬱展開」になってはいますが、それぞれに気合いを込めた芝居がぶつかり合うドラマの部分が、非常に充実しているのは、その鬱展開ならではといった処でしょう。「こう来たか」と思わせる部分もいくつか織り交ぜられていて、ギミック寄りの視点でも充実していると思います。

 冒頭は、トッキュウ6号に変身した明が、ライト達に襲いかかってくるという衝撃の構図。

 とはいえ、邪魔をするライト達にとりあえず道を空けさせるという意図がちゃんと見えていて、一応敵らしく振る舞いつつも手加減しているように見えるのが良いです。何かと縁のあったトカッチとの交流を回想するシーンもあったりで、実直な明の心中にある迷いが、少しずつ表面化していく構成には唸らされますね。

 殆ど事情を知らないライト達は、「明を取り戻す」という決意を固め、その目的に向かって突き進もうとします。ところが、今回に限ってはそういった行動が殆ど空回りしているので、正に今回はゼット、グリッタ、そしてノア、シュバルツ、ザラムといったシャドーラインの面々が中心となって紡がれるドラマとなっています。従って、ライト達が事情を嗅ぎ回っているように見えるシーンの数々は、狂言回しに過ぎない格好となり、「デンジマン」や「サンバルカン」の終盤、「ダイナマン」~「ターボレンジャー」といった曽田作品で見られる敵側の奮った描写の数々(主人公置いてけぼりとも言う・笑)を彷彿させるものがあります。

 そんなわけで、物語の中心に居るのはゼットとグリッタ。そこに、ゼットへの復讐を誓うシュバルツとそれに協力するザラム、グリッタ復活のチャンスを窺うノア、状況に流されるがままになってしまっているネロ男爵、皇帝の危機に焦るモルク侯爵が絡み、よくぞこんなストーリーが書けたものだと感心せざるを得ない、卓越した群像劇へと突き進んでいきます。

 今回、より明らかになったのは、闇減りの今やゼットとグリッタは表裏一体で、「グレンダイザー」のガンダルとレディガンダルのような(違う?)関係になっているという事です。その為、グリッタが喋るシーンも増加しており、その複雑な心情を吐露するシーンには見応えがありました。グリッタ曰く、自分が皇帝から分離すれば恐ろしい事が起こるとの事。今すぐにシュバルツの元へ行きたいという願望がありながらも、その「恐ろしい事」を予見しているが為に、ゼットから離れられないというジレンマが、グリッタを「悩めるお姫様」に相応しい者としています。

 ここで各キャラクターを見渡してみると、今回明によって強調されたシュバルツの変化だけでなく、他の面々にも善悪では割り切れない業を背負わされている事が分かります。

 ゼットは、さすがに皇帝らしく真意を見せる事はなく、その出自にしても行動にしても不可解で謎めいていますが、何故か悪辣さは感じられない、不思議な存在感を放っています。今回はトッキュウ6号に変身(シチュエーションとしてはむしろ「変装」)し、レインボーラインに「亡命」してくる大胆さを見せながらも、実はグリッタの伝言をトッキュウジャーに頼みに来たのではないかと思わせる行動になっていて、その不可解さも絶好調。恐らく、そこにグリッタに対する優しさや情といったものは存在しないものと思われますが、それはゼット自身にも分かっていないのではないでしょうか。

 グリッタは、自分がゼットから離脱すれば、それは裏切り者であるシュバルツの粛正を易々と許してしまう事に繋がる為、ゼットの中に留まっているというのが真相でした。しかし、それに加えて、前述のようにゼットから離脱=人間にとっても恐ろしい事が起こるという予測があり、既にグリッタはシャドーラインのみならず人間を含めたマクロな視点を獲得している事が分かります。それが博愛であると断定するのは無論早計ですが、グリッタのキャラクター性(殊に日髙さんの雰囲気)にとっては違和感ないものではないでしょうか。

 シュバルツは、グリッタの為にのみ動くキャラクターへと完全に変貌しており、ドリルレッシャーを奪った際の悪辣さは未だ備えながらも、既に「単なる悪役」ではなくなっています。ザラムが怪人態であっても明にしか見えなくなっているように、シュバルツは最早、グリッタを護る黒い騎士にしか見えなくなっています。壤晴彦さんという、意外なキャスティング、恐らくはこの変化を見据えてのものだったのでしょう。

 明=ザラムは、シュバルツと組む事自体はトッキュウジャーにとっても損ではないという、意外な損得勘定を以てライト達の前に現れました。つまり、明自身はトッキュウジャーの目的の一つである「昴ヶ浜への到達」を邪魔する気は全くなく、むしろ応援しているというスタンスであり、それはどこに居ようと変わっていないわけです。ただ、ライト達は、損得を超えた部分に明との友情を育んできたわけで、やはり明の論理には納得出来ない。近年、急激に陳腐化してしまった「絆」というタームですが、ここでの6人の在り方が正にそのタームを使うべき処なのかも知れません。

 最も意外な振る舞いを見せたのが、ノアでしょう。

 娘であるグリッタを何とかして助けたいと考えるノアは、このクリスマス編で「狡猾な外戚」から母性を前面に出すようになりました。前回は暗躍という言葉が似つかわしく、まだノーブルな女性としてのプライドを保っていたように見えましたが、今回は遂にシュバルツとザラムの前で跪くという行動に。プライドを捨てて娘の為に動く様子には、やはり深みが伴っており、こちらも単なる悪役ではなくなりました。

 ネロやモルクにしても、ゼットに対する献身一徹で通しており、どうもシャドーラインの面々はそれぞれが狡猾さや野心を見せるといった、従来型の内部抗争劇から脱却しているようです。とりあえず今回に限って見れば、ゼットを除いてそれぞれが献身の対象となる人物を定めていて、その人物が各々異なっているが為に、各自バラバラに動いているという構造なのです。そして、思惑が合致した者達は一時的にでも力を合わせようとする様子が描かれる事で、ドラマが進行していきます。

 今回はそういったドラマ性が重視された為、割とアクションはあっさり目だったように思いますが、それぞれに入魂のカットが見られました。そこはやはり年末編。手抜かりはないようです。特に巨大戦ではモルク専用のクライナーが登場して盛り上がりました。

 そして、最後の最後に、今シリーズ最大のインパクトが待っていました。

 キャッスルターミナルが浮上するという、ど迫力のシーンに喝采を贈っていたのも束の間、妙に緑色の強い違和感のある樹木が設えられていて、アングルもそこを強調。その違和感に包まれながらズームしたその先には...。

 なんと、ライト達の秘密基地を現す文字が!

 シャドーラインの本拠が昴ヶ浜だったという衝撃!

 これは予想だにしませんでした。しかしながら、この事実を前提にすれば、ゼットが「きらきら星」を口ずさんでいた理由も朧気ながら見えてくる感じがします。

 新年にもまだ「トッキュウジャー」は放送されるわけですから、ここまでネタの大盤振る舞いをしちゃって良いものかどうか心配になりますが、ここは素直に楽しむ事にしましょう。次回は三部作の最終編になるとの事で、今回の仕込みがどう生きてくるか楽しみですね。