真に「トッキュウジャー」のターニングポイントとなるエピソード。
5人の正体、というか子供の頃のわずかな記憶しか持ち合わせていないという謎に関しては、彼等が強制的に大人化されたというエクスキューズで説明され、大方の予想通り5人の本質が子供であると判明しました。
ついでに本名まで判明するという事で、概ね「記憶を取り戻す」という物語については完結したものと推定されます。
今回は、本質的な子供の部分と、後から生じた大人への変化のギャップがテーマとなっていて、非常に観念的なテーマ故に表現が難解になる可能性もありましたが、様々なイメージカットを挿入する事で文字通りイマジネーション豊かに表現されていました。
冒頭は、「解散」という言葉が衝撃的だった前回のエンディングを受けての展開。
この「解散」自体はフェイクに近いものでしたが、ライト達のメンタル面に影を落とすには充分なタームとして機能しました。「解散」の理由は、ライト達がこれ以上トッキュウジャー(=大人の姿)になり続けると、たとえ昴ヶ浜に戻れたとしても、子供の姿を取り戻す事が出来なくなってしまう...というもの。あくまで総裁の「優しさ」が理由であって、レインボーラインの組織的なエゴイズムが理由になっていない辺り、非常に暖かい雰囲気を湛えています。
「解散」と言えば真っ先に思い浮かぶのは「帰ってきたウルトラマン」の「MATは解散だ」ですが(笑)。これを筆頭に主人公チームが追い詰められる際の常套句として、長らく使用されてきた実績があります。戦隊では「ジェットマン」や「ダイレンジャー」辺りが強い印象を残します。「ジェットマン」は新しいチームの登場によって用済みとなる展開なので、ある意味今回はその翻案と言えるかも知れません。「ダイレンジャー」は、終盤、停戦の為の建設的な解散が試みられるという話でしたが、いずれにせよかなり追い詰められた状況となるのは確かで、物語に強いアクセントを付与する事になります。
今回は前述の通り、多くの先例とは異なる感情での解散宣言である為、主人公が追い詰められるというよりは、在り方を考えさせられるという面が強く出ており、よりスタティックなドラマへと深入りしていく感覚があります。実際に、アクション面以外では精神に訴えかけるようなシーンが多く、心情描写の素晴らしさが際立っていました。
続いて、自分達が子供である事を「発見」するくだりへと進んで行きますが、ここだけに留まらず全編に亘って、回想シーンにおける子役を効果的に配置してシンボリックに「正体」を描いていきます。
この「実は子供だった」という設定によって、これまでに登場した数々の疑問が氷解する事となり、一般的に子供のみが持ち得る強いイマジネーションを彼等が有している事や、トッキュウジャーのシンボルたるライトが非常に子供っぽい事、大人にしては思春期的な恋愛感情等々、溜飲が下がるわけです。個々のエピソードを観ていくと、恐らく矛盾が出て来たりするんだと思いますが、幸いそういったアラは印象に残っていないので(笑)、問題ないかと思います。
子役登場シーンでは、鏡を効果的に利用したり、ライトに至っては踏切の対岸に見え、邂逅に続いてハイタッチの瞬間消えている、といった秀逸なシーンが用意されている等、そのイメージ作りの素晴らしさは見事。ライトによる自分同士のハイタッチは、受容と離脱を象徴しているようにも見え、正に「決意」を具現化したものではないかと思います。直前に踏み切りで「断絶(=受容し難い)」が描かれたのも非常に良く、演出のキレを強く感じる事が出来ますね。
さて、子供である事が判明したのを受け、それぞれの進み方にも特徴が出ています。
ライトはさすが直進型であり、五人の中で最も早く、そして最も迷わないキャラクターをアピール。勿論、彼の中にも葛藤があった筈ですが、シャドーラインを倒した後のビジョン(=イマジネーション)の方が強いとの弁はさすがであり、彼こそが牽引車であるとはっきり理解出来ます。
残る四人の中で最も印象に残ったのはカグラ。メンバーの中でライトよりも子供っぽいキャラクター性を有する彼女は、肉親に自分の姿を判別してもらえない恐れを最も強く感じているように見えます。しかし、実は子供から大人に至る道程を、最も長く歩いてしまったのもまたカグラであると、ここに至って分かるわけです。様々な個人エピソードが紡がれましたが、前々回で見せたカグラの成長振りは、他の四人のそれを軽く凌駕していました。恐らく、一番子供の自分から距離を稼いでしまった事を、自覚していたからこその恐れだったのではないでしょうか。
そんなカグラは、恐れを吐露しつつも、やはり成長した姿を見せてくれます。悩む四人の中で、一番明確に自分の進むべき道を言葉に出来たのは、他でもない彼女でした。
ところで、今回の「種明かし」は本当に巧いなぁ...と思いました。
鉄道モチーフで、常に前に進んでいるというイメージが、そのまま「子供から大人へ進んでいる」というテーゼや、「同じ処に立ち止まらない」というテーゼに直結しているんですよね。勿論、鉄道だからいずれは元居た場所に戻るわけですが、それはあくまで時間が経過した後に戻るという行為であって、場所は同一でも時間は別。時空としては同じ処に絶対立ち止まれないという話です。
簡単に子供だの大人だのと語る事は出来ないのですが、はっきり言えるのは、それが本意であろうと不本意であろうと、ライト達が確かに前進していたという事実。それに尽きます。形体が精神に影響を及ぼしたという以上に、彼等は子供の時代から一歩踏み出そうとしていたと。
なお、今回五人共通のメロディとして「きらきらぼし」が印象的に使われていましたが、エピローグでゼットも歌っていて、ああそういえばゼットがいつも歌っていたな! と膝を叩いてしまいました。
つまり、ゼットは昴ヶ浜での五人を何らかの形で認知していて、それが彼の心に刺さっているという事なのだと思われます。同級生だったとかそういう話ではないと思いますが、何か深い繋がりがありそうで目が離せません。
巨大戦では、ハイパーレッシャターミナルが変形したハイパーレッシャーが登場。総裁の権限でのみ動くというプレミアム感が良いですね。ただ、相手がギャグ系だったのはデビュー戦としてちょっとイタい(笑)。ハイパーレッシャテイオーの迫力たるや物凄い事になっていますが、設定のプレミアム感に釣り合う程のインパクトは、残念ながらなかったと思います。とりあえず出してみましたという感じが漂っているのは残念...。
一段落付いて設定が整理された「トッキュウジャー」。これから向かうのはどういった方面なのか、次回がその方向性を示してくれるものと思います。
竜門 剛
自分の意志で戦うことを選び、本当の意味で「戦隊」となった・・・、自分としては、そう解釈しました。
解散がレインボーライン側の優しさによる話だったわけですが、そもそものきっかけは、レインボーラインが勝手にライトたちをトッキュウジャーにするために大人にしたわけで、本末転倒な感じもしないでもないのですが。
まあ、そうでもしないとライトたちがどうなっていたのか分かりませんし、こんなことになるとは思っていなかったんでしょうねぇ。この辺のユルさがらしいというかなんというか・・・。
明が自分のやるべきことを再確認したところも良かったです。
天地人
ナレーション 「たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供。その名は列車戦隊トッキュウジャー」
チャラランラン♪・・・って、名探偵コ○ンじゃないですか(おいっ)
まあ、それは置いといて(汗)今回は言われるとおりターニングポイントなる話でしたね。
自分の名前を思い出したという事は、故郷の名前も思い出したのでしょうか?そこら辺もちょっと気になりますが、踏切シーンのハイタッチはホント良かったです。
まあ、総裁の汗を拭くシーンで被り物(?)の中に手を入れるのは、オイって思いましたが(笑)こういうユルサもトッキュージャーの魅力ですね。
それではまた
M'sRoad
なにげに子役たちがちょっと成長しているのが胸が熱くなりましたね。それと、怪人を合成で複数体いるように見せるのはライダーではよくありますが、戦隊で見ると合成の境目が判らなくて技術の進歩に驚きです。
後半戦はライトたちが子供の姿に戻れなくなるかも知れない、という危機感を孕みながら進むのでしょうか。そう思うとちょっと切なくて、そういうラストが見たいような、見たくないような、複雑な気持ちですが期待してしまいます。