その34「ゴワンゴワンのダインダイン!獣拳巨神、見参」

 江戸時代から戻ったジャン達が目の当たりにしたのは、炎上する獣源郷。ケンはサイダインまでもが燃え尽きてはいないと信じ、獣源郷へと急ぐ。後を追い、理央とメレも向かった。残されたジャン達の前にカタが現れ、一つの巨大な球状の岩を蹴り落とす。それは、マクに敗れた拳聖たちが固められた「慟哭丸」であった。マクは慟哭丸より命の滴を搾り出し、それを浴びて力を得るのだという。

 カタに挑むジャン、ラン、レツ、ゴウの4人。カタは激臨の大乱を宣言し、それを受けて立つ。ゲキレンジャーに変身して立ち向かうジャン達だが、過激気、紫激気の合わせ技を以ってしても、カタには通用せず、ゲキレンジャーは圧倒されてしまう。カタは激獣拳を「罪深き獣拳」と罵り、臨獣拳は全てが正しいと豪語した。カタは秘伝リンギ・幻死牢により、幻術の空間の中にゲキレンジャーを誘い、同士討ちへと導く。戦えなくなったゲキレンジャーに、カタは猛攻を加えた。

 一方、ケンはゲキチョッパーに変身し、獣源郷の前でラゲクと戦う。ラゲクは余裕の臨獣ジェリー拳で全ての攻撃を受け流し、ゲキチョッパーを圧倒する。ケンは思い出していた。修行に飽きてサボろうとしていた時、サイダインからブルーサ・イーの声が聞こえてきたことを。「考えるな。感じろ」ブルーサ・イーはそうケンに語りかけたのだ。ケンは結局「感じたまま」にサボってしまったのだが、強くなって戻ってくると誓ったのだ。「考えるな。感じろ」その言葉を唱え続け、ラゲクの攻撃に耐えるケン。

 幻術で翻弄するカタに手も足も出ないゲキレンジャー。苦境に立ったジャンは「こんなとき、ネコ(マスター・シャーフー)ならどうする?」と考える。以前、シャーフーは「考えるな。感じるんじゃ」と3人に教えたことがあった。シャーフーの師匠であるブルーサ・イーから教わった極意である。

 頭で考えるだけが全てではない。身体に任せるという方法もある。それを思い出したジャン、そして誓いを思い出したケン…。

 身体の感覚を研ぎ澄ましたジャンは開眼し、カタの幻術を打ち破った。そしてケンも、マスター・ブルーサの魂を全身で感じ、ラゲクに獣拳の源流・激獣ライノセラス拳を炸裂させた。誓いの力を感じ取った操獣刀は理央の手を離れ、ケンの手に握られる。同時に地響きが起こり、獣源郷の跡地からサイダインが復活した! ケンは操獣刀に導かれ、サイダインに乗り込む。

 憎しみを燃え上がらせ巨大化を果たしたカタは、迎え撃つゲキファイアーとゲキトージャウルフに容赦ない猛攻を加え、獣拳合体を解いてしまった。ゲキレンジャー危機一髪のその時、ケンの操るサイダインが到着。カタの攻撃を振り払う。そして、サイダインから降り注ぐマスター・ブルーサの激気魂が、ゲキレンジャー、理央・メレに等しく降り注いだ。「獣力開花、完了ですね」様子を見ていたロンが呟く。

 ケンは獣拳巨神降臨によってサイダインを獣拳巨神サイダイオーへと変化させる。その巨体はカタのあらゆる攻撃を無力化。激臨の大乱の勝利を宣言するケンは、サイダイオーの神にも等しい力を行使してカタを斬る。「我の死は始まりに過ぎぬ。お前たちは、本当のマク様を知る!」そう言い残し、カタは爆発四散した。激臨の大乱の行方が見えなくなった理央は歯噛みする。「面白くなってきましたねぇ」ロンはほくそ笑んだ。

 命の滴の止まった慟哭丸だが、拳聖たちはまだ元に戻らない。マクは命の滴を飲み干し、カタの死を鼻で笑って臨獣殿の勝利が不動であることを宣した。

監督・脚本
監督
中澤祥次郎
脚本
横手美智子
解説

 正に激動のサイダイン登場編。激獣拳側も臨獣拳側もターニングポイントてんこ盛り状態だ。今回はターニングポイントとなる部分を一つずつピックアップすることで、怒涛の展開を見せた本エピソードを振り返ってみることとしたい。

 まずは激獣拳側より追ってみよう。

 初っ端から衝撃的なのは、拳聖たちがマクに破れ、慟哭丸となっていること。七拳聖が束になってかかってもマクには適わないという事実(あるいはこれは、不闘の誓い故かもしれないが)、一つの岩の球体に拳聖たちの顔が浮かび上がっているという不気味さ、命の滴を搾り取られているという猟奇的展開。実に絶望的な光景だ。一つ気になるのは、カタが「浴びる」と表現していた命の滴を、実際にはマクは飲み干していることである。脚本上のミスなのか、更に猟奇的な効果を狙ってのことなのか、定かではない。

 続いて、ブルーサ・イーの「考えるな、感じろ」という教えだ。これは、ブルーサのネーミングモチーフとなったブルース・リー主演の映画「燃えよドラゴン」の1シーンに登場した台詞「Don't think, feel.」の邦訳である。この台詞はブルース・リー自身が考案したとされているが、武道に対する大きな説得力を有した言葉としてつとに有名だ。この教えが、師匠から弟子へと脈々と受け継がれているという設定は、見る者を熱くさせる。ケンは直接サイダイン=ブルーサと誓いを交わすことで、この教えを受けた(しかしその時は結局修行をサボった)が、ジャン達はシャーフーより教えられていた(回想はやや唐突な印象であったが…)。この2系統の提示は、シャーフーから全員が教わっているよりもロマンがあり、ケンとジャンが同時に開眼する時点でその効果は最高潮となる。そのシーンにおいて、ケンのサイブレードによる逆手突き、ジャンの宙返りによる奇襲が、共に相手の隙を突いた攻撃になっているのも面白い。

 そして、獣拳神サイダインの登場である。ブルーサとの誓いを果たしたケンの手に、操獣刀が飛んでくる。その刹那、サイダインが灰と化した獣源郷よりその姿を現す。こういったくだりはファンタジーの英雄譚によくあるパターンだが、まさに「選ばれし者」という雰囲気を醸し出す。「選ばれし者」がケンのような型破りな個性を持っているというパターンも、近年のファンタジー系ではお馴染みの手法と言えよう。なお、サイダインはCGで描かれているが、メタリックな質感と石像の表面を思わせる質感の組合せが高い水準で表現され、実写との合成でも十分な存在感を発揮していた。ゲキチョッパーがサイダインの上に立って操獣刀で操るという構図も、ワクワク感を高めている。その神々しさは特筆に値するものであろう。

 サイダインだけに留まらず、その真の姿とされるサイダイオーまで登場させるサービス振りも凄い。拳士然としたスタイルで占められてきたゲキレンジャーの「巨大ロボ」だが、サイダイオーは剣と盾を装備したオーソドックスなスタイルで登場。戦隊のオールドファンを泣かせつつ、砕大剣を伸縮自在にし、また大の字を描いて斬るというスーパーロボットアニメ的描写を盛り込んで、多様な嗜好形態にアピールしている。カタの憎悪弾や砕大爆連における火薬の使い方が少々前時代的なものとなっていたのは、ノスタルジィの意図的な喚起かも知れない。が、一方で単なる特撮演出の問題かも知れない。

 対する臨獣拳側は、拳魔、理央メレ、ロンがそれぞれバラバラに慌しく動き回るという状態になっている。

 最も衝撃的なのは、空の拳魔カタの死だろう。臨獣殿のボスキャラ格故に、いつかはこうなる運命なのだが、カタの高貴さ溢れる性格設定や秀逸なデザインが魅力的だった上、イデオロギーの違いこそあれ拳聖と等しい存在として描かれていただけに、その死はかなり寂寥感を伴うものに映った。本来は拳魔をようやく倒したゲキレンジャー側に感情移入する筈なのだが、何故かカタの死を残念に思ってしまうのだ。

 最終決戦で、カタは類稀なる実力者として描かれており、視聴者にとって憎むべき相手とは言い難いものに仕上げられているように見える。確かに幻術を駆使するという戦法は卑怯なものであるが、自信に満ち、臨獣拳のイデオロギーを露ほども否定しない強固な言動も相まって、むしろ実力者故の強力な幻術という描写となっており、高貴な魔術師という印象なのだ。故に、巨大化しゲキファイアーとゲキトージャウルフを圧倒しておきながら、サイダイオーにあっさりと倒されてしまう様子を目の当たりにし、さらに愕然としてしまうのである。

 一方、ラゲクはケンによって一敗地にまみれる。このケン対ラゲクの一連は、優勢と劣勢の逆転劇として非常に優秀な流れである。カタ言うところの「闇雲な闘い」から転じ、激気魂の導きに身を任せることによって、逆転は果たされる。ラゲクの余裕あるセリフ回しが、この逆転によって悲鳴へと変わる様子はなかなか衝撃的だ。幸田氏の素晴らしい演技を堪能することが出来る名場面である。

 理央メレは、今回ひたすら傍観者になってしまった。理央は操獣刀を手にしつつも、何事もが自らの思い通りにならない、つまり予想外の出来事が次々と目前で展開され、圧倒されている。メレは理央の傍に居つつ、サイダインの凄まじい激気に耐えるしかない(この時の両手で口を押さえる仕草が可愛らしい)。この無力感は、そのようなセリフが一切なくとも、完璧に伝わってくる。正に演出の勝利だろう。その後「獣力開花」がこの二人にも起きるのだが、それは理央にとって痛烈な皮肉として響いたことだろう。何しろ、その力は自ら掴み取ったものではなく、ゲキレンジャーによってもたらされたものなのだ。

 そしてロンは全てを知るかのような口振りを披露し、マクはひたすら力を蓄える。マクは一瞬、カタの死を悼むそぶりを見せるが、すぐにそれを一笑に付し、臨獣殿の勝利を宣言する。この悪逆非道ぶりは臨獣殿の「現時点の」ボスに相応しい。マクはカタやラゲクが失っていた「悪の権化」としてのアイデンティティを完璧に備えたキャラクターである。同情の余地は皆無であり、ゲキレンジャーとの決戦が真に楽しみな人物だ。